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その後、シルヴィアはなんとか無事にハドリーとの昼食を済ませると、同じ馬車で庭園へと向かい、御者の執事が手を添え、ハドリーが先に庭園付近に到着した馬車から降りる。すると街の女達が驚きの声を上げた。「あの方がハドリー殿下!?」「美青年でしたの!?」街の男達もまた、ハドリーの端正な顔立ちに目を奪われ、驚嘆の表情を浮かべる。覚悟はしていたけれど、ついにハドリーの素顔を知られてしまった。シルヴィアは複雑な気持ちを抱きながら続けて馬車から降りる。「おい、見てみろ! 見たことがない令嬢と一緒だぞ!」街の男が声を上げ、すぐに別の声が囁かれる。「……なぜ、薬やパンを民に施してきたリリア様がハドリー殿下のお隣でないの?」「……リリア様こそ、ハドリー殿下の隣に相応しいというのにねえ」シルヴィアは顔を伏せ、街の女達の陰口に胸を締め付けられる。(そのようなこと、わたしが一番分かっているわ……)「何をしている、行くぞ」ハドリーの声に、シルヴィアはハッと顔を上げる。「は、はい……」今は俯いている場合ではない。しっかりしなくては。シルヴィアは気を取り直し顔を上げ、ハドリーの隣を歩き、庭園の入口へと進む。そこでは案内人の男性が恭しく一礼した。「ハドリー殿下、お待ちしておりました。初めてお目にかかりましたが、ああ!この庭園に咲く、そう! ブルーローズの花のようにお美しい!」案内人が一人歌劇のように声を張り上げ、シルヴィアは固まり、ハドリーはどん引いた表情を浮かべる。その後ろでは、リゼルが表情一つ変えず厳格な雰囲気を保つも笑いで肩を震わせ、ベルは冷めた目をし、数名の護衛達も笑いを堪えるのに必死だ。「どうやら訪れた庭園を間違えたようだな」「ハドリー殿下、申し訳ございません! 今すぐ貴族専用通路までご案内致します!」* * *その後、案内人に導かれ、貴族専用通路そして翌週もフィオンに薬を手渡し──、翌々週の今日もフィオンが薬を取りに邸宅を訪れた。けれど、フィオンは正装をしており、シルヴィアは驚く。「フィオン、あの……」「服を仕立てたんだ。どうだろうか?」「あ、とてもよく似合っていると思います」「そうか、ありがとう」シルヴィアがフィオンに薬の鞄を差し出すと、フィオンは受け取った。するとフィオンは代わりにリボンで結ばれた2輪の美しい黄色の花を手渡す。「わ、綺麗……」シルヴィアが感嘆の声を上げると、フィオンに引き寄せられる。「……? フィオン……?」「この花はお慕いしている気持ちだから」フィオンは耳元で告げると、シルヴィアを放し、優しく微笑む。「それでは」フィオンは玄関の扉を開け、邸宅を後にする。シルヴィアはただ呆然と立ち尽くした。* * *その夜、ハドリーはふと書斎の席から窓の外を見る。「月、か」シルヴィアは自分が禁じてから月は見ていないようだが、今日はなんだか様子がおかしかった。(それに、薬を渡す日だけ、どこか嬉しそうな…………)ハドリーは一瞬、むしゃくしゃする。いや、だからどうしたというのだ。全ての書類に早く目を通さねば。「殿下」ハドリーは書斎の席で名前を呼ばれ、ハッとする。「なんだ、ベルか」「なんだとはなんですか? 最近、上の空ですね」「いや、そんなことはない。それで何の用だ?」「シルヴィア様についてお伝えに参りました。今回もフィオン殿が薬を受け取りに訪れましたが、それはそれは良い雰囲気で。フィオン殿は毎回、シルヴィア様にお礼の黄色の花をお渡しになられているようです」「黄色の花、だと?」ガタンッ、とハドリーは机に両手を突き、席から立ち上がる。初日の雑務で、シルヴィアが黄色の
* * * それからシルヴィアは用意済みの摘まれた薬草の美しさと高級な土鍋に圧倒されつつも、土鍋に水と様々な薬草を入れ、煎じていく。 「ルクス・トゥア・エスト」 ──と、祈りの言葉を囁きながら。 だが、その途中、シルヴィアは息を呑み、両目を見開く。 「え…………?」 木べらを持つ両手から体全体に加えて、鍋で煮詰めて煎じていた薬も微かに発光していた。 今まで感じたことすらなかったのに、目に見え、どこか暖かさを感じる。 祈りの言葉は薬を作る際にはいつも口にしていたし、月はハドリーに禁じられてから一切見ていないけれど、一体どうしたのだろう? 疑問に思うも理由を調べている余裕などない。 薬作りの時間は限られていて、普段の雑務をこなしながらの薬作りは難航し──、気づけば一週間が経っていた。 薬作りに没頭していると、カーテンの隙間から早朝の光が射し込む。 「できたわ…………」 調合し終えた薬を10本の瓶に分け入れたシルヴィアは手で額の汗を拭う。 (早く殿下に報告しなければ) シルヴィアは一つの薬瓶を持って、秘密の部屋から書斎まで駆けて行く。 「殿下」 書斎の扉前で声をかけると、「入れ」と内側からハドリーの声が響いた。 シルヴィアは扉を開けて、中に入り、扉を閉める。 「薬が完成いたしました」 報告すると、ハドリーが驚いた顔をし、ハッと我に返る。 (わたしったら、殿下とはあれから夜に雑務や薬の報告はするもずっと気まずいままだったというのに、薬が完成したことが嬉しくてつい無邪気に報告を…………) 「そうか。なら、こちらに渡せ」 「か、かしこまりました……」 シルヴィアは返事をし、ハドリーに近寄る。 「あ、あの、殿下」 「なんだ?」 「万が一、殿下に何かあってはいけませんので、確かめても宜しいでしょうか……?」 「ああ」 シルヴィアは右手で薬瓶の蓋を開け、その手で仰ぎながら香りを確かめる。 「大丈夫のようです」 シルヴィアは結果を伝え、ハドリーに薬瓶を手渡す。 する
* * * それから間もなくして、庭でハドリーによる剣の稽古が始まった。 ベルはハドリーにすぐ駆け付けられる距離で静観し、 シルヴィアは入団したばかりのフィオンと共に遠くから見守る。 「あの……」 「僕はまだ目で見て覚えろと言われている段階ですから」 「そう、ですか……」 (お互いに他人行儀な喋り方……。気まずい……) けれど、お礼は言わなければ。 「フィオン、その、殿下に精霊を飛ばしていただき、ありがとうございました」 シルヴィアは深く頭を下げる。 「頭を早く上げて下さい。ハドリー殿下に勘違いされる」 「あ、申し訳ありません……」 シルヴィアは頭を上げ、フィオンを見つめる。 「けれど、フィオンが精霊を飛ばして下さらなかったら今頃民達がどうなっていたか……」 フィオンは息を吐く。 「民達、か。本当に貴女って人は……相変わらずですね」 (呆れられてしまった…………) 「でも、そんな貴女を僕は誇りに思う。助けられて良かった」 ──あ。 (フィオン……優しく微笑んでくれた……) シルヴィアは、あの頃に戻れたようで嬉しくなるも、ぐっと呑み込み、気を引き締める。 「あの、ひとつだけ、聞いても……?」 「何?」 「フィオンはどうして騎士団に入団を……?」 シルヴィアが尋ねると、フィオンは遠くを見つめる。 「リリアの護衛になった日、僕は貴女の前で別人のように振る舞い、無言で後ろに下がることしか出来なかった。だから」 フィオンは真剣な瞳をシルヴィアに向ける。 「強くなってもう一度、シルヴィアを守りたいと思った」 シルヴィアの瞳が微かに揺れる。 そのまま、まるで時間が止まったかのように見つめ合った。 * * * ハドリーは木刀でフェリクスの稽古を付けていると、ふとフェリシア達の姿を目にする。 (稽古の最中だというのに、見つめ合っている、だと?) 「……ふざけるな」
するとシルヴィアは、騎士団の中にフィオンの姿を見つける。 久しぶりに見たフィオンはリリアの護衛となった時よりも背が伸び、凛としていて、かっこよくなっていた。 ふと、フィオンと目が合う。 けれど、話しかけることは出来ず、フィオンは視線を逸らし、シルヴィアの隣を通り過ぎて行く。 そのことで胸がきゅっと痛むもシルヴィアは、ベルと共に騎士長一行をハドリーとリゼルの待つ特別室へと案内した。 ベルと騎士長一行が特別室に入り、シルヴィアは廊下で待機する。 大丈夫だろうか……? 一人不安を抱いていると、特別室の扉が開き、フィオンが出て来た。 「ハドリー殿下が呼んでいる」 「あ、はい……」 フィオンと短いながらも会話が出来た。だが、昔のように名を呼んではくれない。 シルヴィアは複雑な気持ちを抱きながら特別室へと入る。 すると再び入室したフィオンによって扉を閉められ、ソファーに座るハドリーがこちらに視線を移す。 「先程、ベルとフェリクスから薬作りに関しての話を聞いた。そこでお前に一つ問いたい」 ハドリーの鋭い眼差しにシルヴィアの表情が強張る。 「騎士達の薬を作りたいか?」 その問いかけに、シルヴィアは両目を見開く。 (まさか、殿下に自分の意思を聞かれるだなんて…………) 初めてのことに内心動揺するも、シルヴィアはハドリーを強い眼差しで見つめる。 「はい、わたしで騎士達のお役に立てるならば、作りたい、です」 シルヴィアは息を呑み、ハドリーの答えを待つ。 「──ならば、シルヴィア、これより騎士達の薬を作ることを許可する」 (やはりだめ…………え?) 「よ、宜しいのですか……?」 「ああ、良いと言っている。何度も言わせるな」 もう一度、薬を作れる。 「殿下、ありがとうございます」 シルヴィアが優しく微笑むと、ハドリーはふいっと顔をそらし、フェリクスの方に目を向ける。 「薬は出来次第、リゼルより知らせる」 「了解した。薬は騎士の一人に取りに来させよう」 フェリクスはハドリーをじっと見つめる。
* * *その夜、シルヴィアはベルに付き添ってもらいながら書斎に伺った。動けるようになったので一人で平気だと伝えたものの、念の為とのこと。(今まではどんなに辛かろうとも一人で行ってきたのに……。ベルの優しい対応につい戸惑ってしまう……)「殿下、シルヴィア様をお連れ致しました」ベルが扉の前で伝えると、書斎の内側からハドリーの声が響く。「シルヴィア、入れ」「はい」シルヴィアは短く返す。するとベルが一歩前に出る。「扉は私が」ベルの手によって扉を開けられ、そのことに内心驚きつつも、お礼の会釈をし、書斎の中へと入った。ぱたん、と扉が閉まり、書斎の席に座るハドリーと目が合う。「あの、殿下……」「窓の近くまで来い」「はい」シルヴィアは言われた通り、窓の近くまでいく。するとハドリーが席から立ち上がり、窓のカーテンを開ける。夜空に美しく見事な月が浮かぶのが見えた。「わ、大きな月……」シルヴィアは声を上げると同時に、ハッと我に返る。(あまりにも美しくてつい声を上げてしまったけれど、殿下にじっと、見られているわ……はしたなかったかしら……)「体調の変化はあるか?」「いえ、特に何も……」「そうか」(……? 殿下、一体どうなさったのだろう?)疑問に思うと、ハドリーが息を吐き、真剣な眼差しでこちらを見据える。「陛下から、月には気をつけよ、とのお達しが出た」ハドリーの言葉に、シルヴィアは息を呑む。「その為、今後、夜に月を眺めること、及び、夜の外出を一切禁ずる。良いな?」「かしこまりました……」* * *そして3日を過ぎた午後のこと。邸宅に騎士長一行が再び訪れた。
「それが、お前の願いか」 ハドリーの声が静かに響き、頭上からカチリと剣を鞘から抜きかける音がした。 金属の冷たい擦れが、部屋の空気を鋭く裂く。 ————ああ。ついに斬られる。 シルヴィアは目を閉じ、死を覚悟した。 体が小刻みに震え、息が詰まる。だが、次の瞬間、剣が鞘に収まる乾いた音が響き、足音が近づいてくる。 ハドリーが膝を折り、目の前にしゃがむのが分かった。 「頭を上げろ」 低い、抑えた声。シルヴィアは怯えながら恐る恐る顔を上げた。 ハドリーの瞳はどこか優しげで、シルヴィアの胸がざわめく。 「斬られることがお前の願いだとしても、私はお前を斬る気はない」 ハドリは一瞬、視線を逸らさず見つめ返した。 真剣な眼差しに、シルヴィアは息を呑む。 「シルヴィア、お前こそが本物の聖姫なのだから」 「え……それは、一体?」 声が震えた。信じられない。 「亡妻ルーシャと共に月の下で聖姫の力を封印した————とお前の父、ラファルから聴取の際に聞いた。よって、お前には聖姫の力が宿っている」 「わたしに……聖姫の力が……?」 驚きと戸惑いが喉を締めつけた。世界が歪むような感覚。 「ああ。そして、お前は薬を作っていたそうだな」 「おとうさまから聞いたのですか?」 「いや、これはフィオンからだ。お前は気づいていなかったようだが、お前に聖姫に似た香りを感じたことがある。そして、時折微かに発光し、魔形に捕らわれた時には、いつにも増して発光していた。よって、薬を作っている際にも恐らく発光し、お前が作った薬や皇帝に飲ませた薬も聖姫の力が込められていた為、民や皇帝に効いたのだろう」 「そう……だったのですね……」 声が掠れた。 自分の体が、知らぬ間にそんな力を宿していたなんて。 「これも私の見解だが、聖姫の花に触れた際に発光と共に拒絶にも取れる反応を示したのは、恐らく、力が封じられているのが原因だろう」 「なぜ、お母さまとお父さまは……聖姫の力を封印したのでしょうか……?」 シルヴィアの声が、かすかに震える。 ハドリーは一瞬、目を